
1万時間の法則は正しいのか?
「1万時間の法則」について耳にされたことがあるかと思います。
この法則は、1993年にアンダース・エリクソン氏の研究によって提唱されたもので、歌手やピアニスト、トレーダーなど、ある分野でエキスパートになるためには、おおよそ1万時間以上の練習が必要とされるという概念です。
この考え方はわかりやすく、自身も努力すれば1万時間の練習を積むことで一流になれる可能性を示唆しています。そのため、このアイデアは広く浸透しました。
しかし、最新の研究により、この法則は大きく修正される可能性が浮上しています。
実際、どれだけ練習しても一流になる人も、そうでない人も存在することが明らかになっています。
さらに驚くべきことに、天才とされる人々は、一般の人々よりも練習時間が少ないことが分かっています。
つまり、一流になりたいと思うなら、単純に1万時間練習すればいいというわけではなく、人によって違いがあり、特に天才とされる人ほど少ない練習時間で結果を出していることが明らかです。
結局、自身の才能や適性に応じて、効果的な練習領域に集中することが重要です。その際には他人よりも少ない練習時間で達成できる可能性が高まるでしょう。
この新しい視点から、成功への道を見つける際の参考となるかもしれません。
練習量が才能やスキルに与える影響はどれほどか
それでは、トップになるためにはどのようなことを考えればよいのでしょうか。
練習の重要性についてはさまざまな研究が行われていますが、その結果、練習が個人の才能を説明する割合はおおよそ3割程度と言われています。
つまり、熱心な練習をしても、将来の成功においてその練習が占める割合は約30%ほどとなるわけです。こうしたデータから、練習が全く意味のないものではないと理解されていますが、高い成功の要因として単独で捉えることは難しいでしょう。
練習は重要である一方で、成功にはそれだけでは足りないとされています。
さらに後の研究により、徐々に練習が才能に与える影響が低下しており、現在ではその割合は2割から3割程度と言われています。
この割合が大きくは変動しないことを考えると、練習のみがトップの位置に至るために十分とは言い難いことが示唆されています。
したがって、成功を目指す際には、練習だけでなく、他の要因も考慮する必要があります。
1万時間の法則の実験を再現したら...
近年の研究によれば、1993年の研究を再現した結果、同じ条件下で行われたにもかかわらず、同じ結果が再現されなかったという事例が存在します。
このような再現性の問題を抱える研究でした。
もとの論文では、高度なスキルを持つバイオリニストとそうでないバイオリニストを比較し、前者は練習に従い1万時間以上の練習を行っているとされていました。
しかし、この実験を再現した研究では、トップレベルのバイオリニストは、一般的なレベルのバイオリニストに比べて実際に練習量が少なかったという結果が出ました。
ケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究では、バイオリニストをスキルに基づいてグループ分けし、それぞれの練習量とスキルの比較を行いました。
この研究は1993年の実験と同じ手法を用いていますが、その方法論にバイアスがかかる可能性が指摘されています。
なぜなら、バイオリニストたちのスキルに関する事前の知識がある状態でインタビューが行われるため、質問する側も被験者がトップレベルであることを認識し、回答に影響を及ぼす可能性があるからです。
このバイアスを排除するため、ケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究は被験者のスキルを事前に知らない状態でインタビューを行い、判断を下すことを試みました。
その結果、初めの研究では練習量が才能を説明できる確率が48%とされていましたが、実際の結果は26%しか説明できなかったとされています。
要するに、バイオリニストに限らず、トップレベルの才能を持つ人々はなぜか一般的に練習量が少ない傾向があるということです。
練習量が少なくても成功する能力を持っている人々が存在する一方で、練習によって成功することも考えられます。
しかし、やはりトップレベルの成功者は比較的練習量が少ないということが示唆されています。
もちろん練習も努力も大切ですが・・・
したがって、練習や努力が時には期待外れとなることもあります。
繰り返しますが、練習は確かに重要です。
努力によってスキルは向上するものですが、全ての分野で練習だけが成功への道ではありません。
ジャンルや状況によって、違ったアプローチが求められることもあるのです。
2010年のプリンストン大学の研究によれば、練習の影響は分野によって異なることが分かっています。
ゲームのようなスキルが求められる分野では、練習の影響は26%程度であるとされています。
音楽においてはさらに低く、約21%ほどの影響しかないとされています。
そして、勉強に関しては、たったの4%程度の影響しかないというデータもあります。
勉強においては、生まれつきのIQや他の才能が大きく影響を与える要素であることが明らかにされています。
専門職においても同様で、技術が重要であると思われがちですが、実際には1%というわずかな影響しか練習が持たないことも分かっています。
何度も強調しますが、練習は不可欠な要素ですが、練習だけで成功するわけではありません。
他にも多くの要因が絡み合っており、一方的に練習量だけで判断できるわけではありません。
もしも単純に練習量が全てだとすれば、どの分野でも最も練習した人々が必ずトップに立つはずです。
しかし、現実はそうではなく、長時間の練習を重ねる人々の中にも成功者もいれば、そうでない人々も存在します。
つまり、個々のスキルや成功には練習時間だけではない、さまざまな要因が影響を与えているということです。
では、成功のために大切なのは?
研究者たちは、なぜ一部の人々が天才的な才能を発揮するのかについても探求しています。
成功するためには同じ分野に専念し続けることも一つの方法ですが、成功する人々には様々な経歴があります。
一方で、天才的な人々が生まれる背後にある理由はまだ明確ではありません。
しかし、その中でも重要な要素とされているのが、スキルを学び始める年齢です。
言語やスポーツなど、一部の分野では年齢制限が影響を与えます。
例えば、ネイティブのような発音を獲得するためには早いうちから始める必要があるとか、スポーツ選手であれば肉体的なピークを迎える時期にパフォーマンスを発揮する方が有利だとされています。
このような分野においては、始めるタイミングが重要な要因となります。
その他の分野においては、ワーキングメモリーの鍛錬が重要だと言われています。
ワーキングメモリーは、簡単に言うと一時的に情報を保持する脳の機能です。
一般的に短期記憶とも関連しています。
高いワーキングメモリー能力は、集中力や自己制御能力を高め、効率的に作業や勉強に取り組むことができるようにします。
また、感情のコントロールや記憶力の向上にも関与しています。
事実、ほとんどの成功要因はワーキングメモリーによるものと言っても過言ではありません。
このワーキングメモリーは、トレーニングによって向上させることができる能力です。
つまり、成功には生まれ持った知能やIQだけでなく、ワーキングメモリーの強化が関与している可能性があるのです。
こうした観点から、単純に長時間の練習に依存するよりも、ワーキングメモリーを向上させることがより大切かもしれません。
実際、多くの研究から、ワーキングメモリーの向上が新しいスキルの習得を助け、結果的に練習時間を削減することにつながることが分かっています。
したがって、少ない練習時間で同じスキルを習得できるなら、それは有益な方法であると言えるでしょう。
続きでは、ワーキングメモリーを向上させる方法について紹介します。
実際に、「ゲーム」という意外な手段が有効であることも示されています。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0160289614000087
Macnamara, B. N., Hambrick, D. Z., & Oswald, F. L. (2014). Deliberate Practice and Performance in Music, Games, Sports, Education, and Professions: A Meta-Analysis. Psychological Science, 25(8), 1608-1618. https://doi.org/10.1177/0956797614535810
Macnamara BN, Maitra M.2019 The role of deliberate practice in expertperformance: revisiting Ericsson, Krampe &Tesch-Römer (1993). R. Soc. open sci. 6: 190327.http://dx.doi.org/10.1098/rsos.190327
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